MESSAGE │ ROOM-社長の論説-

2019.08.23

WALK WITH 〜ともに歩むパートナー〜
第4回 株式会社フリーコム
キャメロン・ロイ代表取締役

大倉代表がいわきFCパートナーの代表と
いわきについて語る「WALK WITH」。
第4回は、株式会社フリーコム
キャメロン・ロイ代表取締役にお話を伺いました。

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大倉代表(以下、大倉):今回、フリーコムのご紹介はもちろん、ロイさんの人となりもお伝えできればと思ってますので、よろしくお願いします。

ロイ代表取締役(以下、ロイ):私はスコットランド出身で、日本に来て15年になりました。スコットランドの大学時代の友人達に、一緒に日本に行かないかと誘われたことが初めて日本に来たきっかけでした。
日本で英語講師として働くことになり、当初は友人達と北海道で働くことを希望していたのですが、当時の会社から配属されたのが福島県郡山市でした。来た当初は1年くらいの滞在になると思っていましたが、日本で見るものすべてが私にとって新鮮で、人々も良い人ばかりで、この国のことをもっと知りたいと思いました。そんな思いからもう1年、もう1年と延長して滞在するうちに、勤めていた会社が廃業してしまったんです。すると、周囲の方々から「英会話スクールを開いてほしい」という声を多くいただくようになりました。ただ一方で、長く日本に滞在していましたので、スコットランドに戻りたい気持ちもあり、迷いがありました。しかし多くの方から「日本に残ってほしい」と声をかけていただき、英会話スクールを開くノウハウも経験もなかったので不安はありましたが、フリーコムを立ち上げることを決断しました。

ほかの国から来られて、スクールを立ち上げるというのも相当難しかったでしょうね。どうやって開校までこぎつけたんですか?

立ち上げを決めた当時、資金は20万円しか持っていませんでした。とても小さな事務所を借り、自分達で内装をして、備品はすべて中古で揃え、なんとか開校にこぎつけたんです。
すると開校初日、とてもたくさんの方が集まってくれて。若くて経験もなかった当時の私に、周囲の方が知り合いを紹介してくれたり、いろいろ助けてくれたんです。そのおかげでフリーコムは成長し、翌年には福島市に2校目を開校することができました。郡山にオープンしたフリーコムの噂を聞きつけた方々から、福島市にも開校してほしいとの声をたくさんいただいていました。

いま、フリーコムは全部で何校になったんですか?

郡山市に2校、福島市に1校、宮城県仙台市に2校、東京に1校と、いわきFC校。合計7校です。
これまで成長を続けてきましたが、ビジネスの世界では「3年が山場だ」とよく言われます。起業から3年生き残ったら、その後のビジネスは順調だ、と。ですが、私たちにとってちょうど3年が経った2011年春、東日本大震災が起きました。当時あった教室は閉鎖し、外国人講師は全員帰国しました。「もう営業再開は無理だ」と絶望的な気持ちになりました。しかし、その後、多くのひとの助けがあって、なんとか復旧することができました。

震災当日はどんな状況だったんですか?

発生当時、私は郡山校の教室で授業を行なっていました。地震により窓ガラスは割れ、天井が落ちてきて、生徒と一緒に屋外に逃げ、避難所に行きました。

当時、スコットランドに帰ることは考えなかったですか?

その時はあまりのショックで、考えられませんでした。

私は当時湘南ベルマーレにいました。Jリーグの試合も中止になり、外国籍選手は国外避難しました。

あの時は世界中の国々が、日本から退避するように勧告していましたからね。

でもあなたは母国に帰らなかったですよね。

フリーコムを支えてくれた方々のことを考えると、帰れなかったですね。ここで逃げ出したら、今まで築いてきた周囲の方々との関係が崩れてしまう、と思いました。震災から1ヶ月後、残ったフリーコムのスタッフと生徒さん達が私のためにサプライズパーティーを開いてくれて、「日本に残ってくれてありがとう」と言ってくれたんです。びっくりしたのと嬉しさで泣いてしまいましたね。

震災後、以前にも増して、日本にいる外国人や世界にむけて「福島はとても素晴らしいところなんだ」ということを発信したいと思うようになりました。そんなとき、大倉さんの考えるいわきFCの話を聞き、そのビジョンに感銘を受けました。

最初にロイさんとコンタクトを取ったきっかけはなんだったでしょうか?

もともと、スポーツがこれからの福島にとって重要な要素であり、福島の子供達は健康で元気だということを発信したいという考えで、いわきFCとフリーコムは一致していたと思います。私たちは2016年春、スコットランドの世界的サッカークラブ「グラスゴー・レンジャーズ」を日本に招待し、福島の子供達にサッカーキャンプを実施しました。その時に来日したレジェンド的な存在のクラブOBが、当時のいわきFC監督・ピーター・ハウストラ氏とチームメートだったことから、いわきFCと接点を持つことができました。大倉さんのビジョンに感銘を受け、実は当時新宿に新規開校する計画があったのですが、それをキャンセルしていわきFC校をオープンすることにしたんです。

それは思い切った決断でしたね。

はい、周囲からは「何をやっているんだ?!」という感じで言われました(笑)。でも、いわきFCのプロジェクトは、ただ上のリーグを目指すということではなく、「ひとづくり」「まちづくり」を通して地域全体を活性化していくことを目的にしている。それはまさに私たちフリーコムが目指していることと同じでしたから、決断に迷いはありませんでした。

個人的な希望になりますが、いわき市の地域企業や団体がもっといわきFCをサポートして、地域一帯となって盛り上げていけたらいいなと思っています。というのは、いわきFCはすでにPacific Rim Cupで国際舞台に立っていますが、将来的にはACL(AFCチャンピオンズリーグ)やアジアカップに関わったり、欧州のクラブと対戦する機会も視野に入ってくると思います。フリーコムは国際的な面などでサポートしたいと思いますが、それにも限りがあるので、もっと多くの企業・団体にサポートに加わってもらえればと思います。

市や商工会議所を中心とした関係団体と2年前に設立した「スポーツによる人・まちづくり推進協議会」があります。一層協力させていただき、盛り上げていきたいですね。

最後に、ロイさんにとっていわきFCとはどんな存在でしょうか?

いわきFCは福島の復興のシンボルだと思っています。人々がいわき市を含む福島県の現状を見たときに、復興から成長へ進んでいることを知ってもらう最初の「入口」になるような存在だと思います。私個人としても、いわきFCは本当に素晴らしいクラブだと思いますし、私たちフリーコムにとっても大きな支援をしていただいていると思っています。

どうもありがとうございました。

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